長い戦いの仕事が色々終わったので書く
そういえば、長く戦ってた仕事が終わった。
複雑であるし他所にだせないので、深くはかけないがおおむね敗北である。
仲の良い友人にはおおむね愚痴ってる状態だが、書いておこう。
悲しいけど誰にも知られぬことなく散っていくかじりついた何年もの苦労である。
しかしてその成功の良しあしはその試みの質より
結局タイミングだなぁーって感じです。
なのでもっと雑に言い換えると運です運。
時流をとらえる実力うんぬんの話ではない。
でもそのタイミングのときにたまたま刀を研いである必要があって、
なので研がないことは許されないみたいなことがあるよね、と思う。
この結論が我々が携えた非常にジャンプ的な努力友情勝利と最高に相性が悪い。
残ったのは打ち上げに撮った写真を思い出にするだけで
「あきらめずにチャレンジしてくださいね」なんて言われたりしてるが、
その言葉を真正面に受けていいほど若くない。
これもフォローで頂いたコメントで「あの時に辛酸をなめておいてよかった。苦労しておいてよかった。次につながるから」なんてときが来るのだろうか・・もう残されてるチャンスないほうだぜ?となってる。
むしろあんま知らないで次どうします的なことを言われた場合は、ここに魂を置いておくつもりでやってるので、無神経すぎやしないか?とすら短絡的にも思ってしまった。
正直苦労なんざしらんでバシっと決める後進なんざいくらでもいますので世の中。
もちろん色んな場面で実力不足を嘆く場面があった。
が、まあそれも研鑽したところで、いやそもそも研鑽したいのか?もうゆっくり生きてくフェーズにしたい気持ちも上回りつつある。
しかも、場面としてあきらめたほうが「絶対に」良いとされる場面を見まくってしまった。
しかし、ここに書いたから相当に激情になってるというよりかは
そこは年を重ねて冷静さが増したか、いやそれは単にふやけただけなのか、たんたんと今はその現実を受け止めて次を考えている。
そんなもやもやっとした毎日であるが、どうやらこれを星のもと、というには正直あきらめがついてないのだが昔から大成功は引けないようである。
そのかわり多分大学くらいから今もずっと割と良い関係性を維持できるような仲間と出会うことができてるような気がしている。土日ひきこもることも多い癖になんか退屈するタイミングがあんまりない。自分自身が良くも悪くも人間関係の事なかれ主義なのもあってなぜか。
そこだけ星の元というものがあるのならば感謝したい。なので、大成功分を引けるというほうも何の交換条件もなしにくれ。
二極化をグラデーションにするよう試みたい
Google からキーワードから候補を推薦するGeminiやChatGPTに移行して、そして益々強くなってる傾向として二極化がある。
人気のコンテンツはむさぼるように消費され、他のほとんどすべてに光があたらない。閑古鳥がなりひびく「その他」がつらいのはもちろんのこと、人気になれば勝ちかというと人気のコンテンツはあっという間に消化されて疲弊して出がらしになって明日には忘れ去られてそれはそれでおつらい。
年末に志摩スペイン村に行く一大イベントの前に岐阜駅を初めて訪れてみました。
もはや人々にとって「クレヨンしんちゃんのぎふのポーズ」でおなじみの駅です。
眼前に大きなタワーマンションと繊維問屋街の跡地となった寂れたシャッター街が金ぴかの織田信長像の背後に飛び込む。
東京に住んでるくせにふつふつと考えてしまうのですよ地方創生とは。しかしこれをまんまツイッターに書くとなぜ未婚ばかりなのかを声高らかに訴える近代五種競技のアスリートになるので書けない。お前がその一例やねんってなるから。
時間があったのでシャッター街として話題となってしまった柳ケ瀬商店街まで足を運んでみました。一度シャッター街を盛り上げよう的なムーブメントが立ち上がってそれが落ち着いてさらに人を感じられないという難しさ。
そこまで書くと衰退する地方都市を憂うような書き下しになってしまいますが場所を切り取っただけで後々調べてみると岐阜市街の人口推移は他の市街地よりはむしろ良い方のようななだらかさでした。
事実、自分が滞在したビジネスホテルはゴリゴリの繁華街ではありましたが、かなりにぎやかな良いお年をが響き渡り今時につくりかえられた楽しい光景が広がってました。ぱっと見の見てくれに突き刺さるものがあるだけで、実態はきっと違う。
一方で、同じく岐阜の「飛騨高山方面はインバウンドで大混雑だから行くべき場所じゃない」なんて声も聞きました。これが先の二極化です。たしかにそう聞いてしまうとわざわざ今行きたくない。
これをなだらかにグラデーションする方法はあるのだろうか?うちの近くも二次産業の爪痕が残ってるがじわじわとただの倉庫化し大陸から中央集権的に発展する以上、繊維産業のような産業ベースで街が栄えるのを願うのは結構苦しい。
唯一ラーメン屋は賑わってたからこういう他に変えが聞かないご当地モノが増えるとか、プチブームを起こす覇権アニメや小説が生まれるとか。いや、こんなことはそれぞれの地区の方々がうんざりするほど考えている・・。結果ありきたりな歴史がどうのとか、自然がどうのとかに行き着いてしまう。インターネット上のコンテンツに飽食な人間にとってお金と時間を払うにはだいぶ食べたりなく感じてしまう。ソフト面においてもあたらしい大陸産のソシャゲを無料分ぶん回したほうがコスパがいい。
コスパで訴えるなら、逆張りとして今東京の地価があがりまくってるからこのままニューヨークみたいに爆上がりしてぜーんぶ投機目的の富豪に買われちゃって超セレブしか住めない焼けの野原になることによって相対的に「ここに住むしかない」という環境に消極的な理由で追い込むことでしか地方は変わっていかないかもしれない。いや、それでそこに住む人たちで何かが盛り上がるならそれはそれでいいのでは?みたいな不毛なことを考えました。消防団とかのタスクがかんだオールドコミュニケーションじゃない、何かで。
今は地方をキーに考えたけど会社内における業務量もやる人とやらない人でめちゃくちゃ二極化してることに気持ちが煮えくり返っているし、きっと志摩スペイン村にいったのもテーマパークのUSJとディズニーがトップであり、ジャングリアとレゴランドはネットで冷笑されているというのにも何かもやもやを感じてるからかもしれない。推しているアイドルが紅白にクラスターごと呼ばれない個人的な私怨かもしれない。何かこう一元的な考え方にならずにバランスとってグラデーションせい、と。
もちろんピックされる運命とそうでないものはあれど、きっかけすらない蓋のされたものに窮屈さを感じてしまいました。
そういえば、去年ははじめて「地方のフェス」に足を延ばしてみた。東京のごった煮でちょっと疲れた身としては居心地がとても良かった。コンテンツのすし詰めではない分少しチルになって楽しむことができる。観光はできるけど都内からではもちろんアクセスは悪くて時間もかかってしまう。地方では駅そばやにポスターが貼ってあったりサッカーなども盛り上げようとしている動きもとても印象的だった。全体としてこの趣深さや独自性がにちょっとでも気づいていけると良い。
追伸
そう考えると急な伏線を取りに行くけどラーメンってすげえわ。
名古屋のビジネスホテルで東海ラーメン特集みたけど、食べてみたくなるしこれなら遠方から人集まる魅力あるもの。あとラーメン屋は各地人気のとこはちゃんと混んでる僻地でも。ラーメンでいうSUSURUみたいなのが全ジャンルに存在して再生されてればちょっとずつ変わっていくのかな。
Juice=JuiceのメンバーをFF14のジョブに照らし合わせてみよう
ふと今日の仕事の行きに思ったのですね。
「今ミ・アモーレが自分の中でバチクソ流行っているJuice=Juiceのメンバーを多彩なFF14のジョブに割り当てたらどうなるだろう・・?」
と。
今のところ兼ヲタとして共通項はいないので、話せる相手がいるはずもないので、
ここに書き下すことにしてみました。
Juiceに関してはやなみん以降長年追ってなかったせいでミアモーレ新規と言っても過言ではないので、深く知り切れてない部分についてはご容赦くださいませ。すべては個人の妄想です。メンバーカラーやジョブのなんとなくの色は存在しますが、その相関は無視してます。
以下敬称略
参考資料
・段原
この人はキャラクターとかそういった飾り付けなしの歌純粋そのものでのパンチ力ですべてを覆す力、そういったものがあります。昔も今もこれからも。武器なんかいらねえステゴロでいける。というわけで「モンク」です。
・井上
この人は歌声パーカッション美貌とラッシュ的な攻撃に優れる一方メンバーを思いやる回復力、サブリーダーとしてリーダーを支える矢面のタンク力すべてあります。
そしてFF14のサンクレッドが双剣から武器を変えたことと同様、大いなる意思をもってこぶしファクトリーからJuice=Juiceに所属してます。そんなわけでなんでもできて過去も思いやるソイルという特殊な概念も使う「ガンブレイカー」です。
・工藤
最初にこの人のことを思い浮かべました。割と制御しきれない自分に対するやりきれなさを強く抱えるところが「戦士」のジョブクエストそのものかと思いました。また、最近では歌いだしを任せられる切り込みの部分もタンクとしての資質かと思ってます。
・松永
一番最後まで悩みましたが、この人がこの人こそが「ナイト」かもしれないと行き着きました。工藤とタンクコンビを務めることができ、同じく切り込みができる世代的能力的に要という印象もあります。なにかその柔らかい性格もホーリースピリットやかばう、みたいな技を放つ印象もあります。
・有澤
PvPではビームやホーリーを放つ爆発力が英語バイオリン等音楽として多彩な部分を踏襲しており、素の癒し感と力強さの共存、MCや普段に感じさせるヲタクやメンバーに対する包容力も高く「白魔導士」のジョブを授けたいと思いました。
・入江
ふんわりした性格ながら他のヒーラーの割とくっきりした印象と違って割ととらえどころのない部分が宇宙すらも技として駆使できる「占星術師」かなと思いました。
・江端
ハスキーでどちらに転ぶかわからないものを個性に変える歌はまさに細剣、キャラクターなども立ってるし歌割りも重要度が増しすべてに対してバランスよくあり続けられる姿は回復も攻撃もできる唯一無二の「赤魔導士」なのかなと思ってます。
・石山
どちらかというと個人的にジョブはダークサイドに寄せたい。と思ったときに思い浮かぶジョブは暗黒とリーパーあたりですが、その性格の奇天烈さと火力の高さをもってヘルズイングレスで遠くに飛んで見せたり、鎌を持たせたら似合いそうという部分も含めで「リーパー」です。
・遠藤
妖艶になってきてダンスとしてはTikTokで最も数字を持っていると噂です。しなやかなダンスで注目を集める姿や割と明るかったり丁寧だったりと足りないメンバーのサポート側にも回れるという姿は「踊り子」で良いでしょう。
・川嶋
ぱっと現れるサムネイルやまっすぐな歌で脚光を浴びるとてつもない純然たる火力、そしてその分HPよりMP!というところがその火力を純粋に求められ続けるチャーミングなジョブ「黒魔導士」が良いかと思いました。
・林
新しくパッチ7.0に登場したジョブであり、その実力や前評判は高く案外先輩や舞台に対するものおじのしなさは折り紙つきと評されるところから「ピクトマンサー」こそふさわしいのかなと思いました。
妄想終了Q.E.D.
知性を考える
最近友人と呼んでよい同期が会社を離れてそのときに、黎明期だった会社の古のインタビュー記事を共有してもらった。おそらく自分の年頃と近い今となっては会社も辞められたレジェンドのインタビューである。
そこで話されている内容の具体的なものは伏せるが、ふと思ったことは、ここで取り交わされている会話はハクがある。ということだ。今の会社内で議論されているものよりも基本的で大事なことを会話していると感じた。もちろん技術的な先が見えてない事で今未来を生きる自分にとっては夢物語に近い箇所もあるが、部分的にきわめて具現化された正当な未来観測でもあった。
勿論インタビューに載るようないわば出世コースの社員たちであるので、当然それなりの知識を持っているがゆえに高度な会話ができているのかもしれない。しかし、今自分、そして自分よりちょっと見渡してもその景色は拝めそうになかったのが歯がゆく思えた。
では、我々はバカになってしまったのか?
これはきっと事実であるが、安易に認めたくないということもあり、事象としてなぜそうなってしまったのかを考えたい。
これの答えとしては本質を話すスキというものがもらえなくなっている。
かつてハンターハンターでヒソカが同レベルの念能力を持っていながら用意する必要のないコストをかけて敗北したカストロに語った「お前はメモリの無駄遣いだ」と。
今AIを知らなければネットを知らなければセキュアを知らなければ動画を知らなければマーケティングを知らなければアプリを知らなければコンプラを知らなければSDGsを知らなければSNSを知らなければバズを知らなければ・・。
モノが売れず成功体験の乏しさがあるくせ、知らなければならない素養が独り歩きして膨張しあまりにも増えすぎた。結果それに疲れた我々はショート動画を食べ歩き、あるいは動画を垂れ流し文章を読み想像を膨らませ考えることにコストを感じ始めてしまっている。
仕事においても多種多様な矮小な無駄導入システムに立ち向かい脳内リソースを割かれてしまってまともに集中して仕事できているのか、と顧みた。
逆転裁判にて脚立かハシゴかの問いかけの何度も登場するテンプレにマヨイちゃんは言う。「もっと本質を見ようよなるほどくん」
本質という解釈が分かれてとらえどころのないものを尊重しつつも、実態はそれをとらえる時間を割くことを許されてない。本質をああだこうだしたい前にそれを説得せしめるつまらない準備をしないとパッと見のエビデンスが弱いからだ。
そんなわけで色々と面倒くさくなってしまっているのが現時点の立ち位置かもしれない。ただ、きっと以上のようなことはシステム化されずとも行われてたわけで、しかも、現代的価値感へのアップデートはメリットも多く虚礼が無くなり怠惰な飲み会へは消極的であっても疎まれることがない。それを有難がりどこかでしっかり火をともさないといけない自分に。
そう語りつつも私は散歩してたら家の鍵をなくし、このまま家を出るとオートロックに締め出されることになるので、お盆休み明けの不動産屋さんを待って家にセルフ軟禁状態でゲームをしている。お前が語るんじゃない知性を。
ではなぜミドルマネジメントが不足するか?の妄想
よく遊んでいるFF14にて、若干炎上気味になっている案件があって表面的にシステム面などで不満があがってる事柄があった。
自分としても割と不満の大きなところで「昔実装され今も多くはないが一定ユーザーで盛り上がる過去コンテンツでしか手に入らない超絶激レアお宝」が雑宝箱から排出された。というとこは結構不満なうえ後戻りもできなそうなので割と残念に思っているポイントである。(もちろん賛否はあってこれも「もうええやろ排出して」という意見も見受けられた。)
それを割と奥まで予測してしっかり想像されてる家無しララちゃんねるさんでなぜなぜと分析していると、コメントとその反応として
「どの会社でも起きてることだけど、ミドルマネジメント人材不足に起因してますね」「まじでそう」という話があがっていた。
ではさらに
「ではなぜミドルマネジメントが不足するか?」という話をミドルマネジメントに近い立場になった自分が身近な環境をイメージしながら想像で書いてみたいと思いました。あくまで想像だ。想像しくなりますあくまで想像。
およそミドルマネジメント的な年齢になったとき、自分の身近でおよそ下に分類されてるなぁと思っている。
・なんちゃら長
・〇〇専門
・省エネ
・家庭メイン
(詳しい説明は角が立つので省きます。)
上2つが仕事の成り行きに影響を大きく与えるがこの中でもなんちゃら長、いわゆるマネジメント層は一定に設けられているのでいやおうなしにあがっているので、そこそこ組織図としては充足しているように見えるが、その肩書はともかくとして
「役職的なえらさは関係ないけど仕事がっつりやってくれる」ありがたい専門ポジが過去より体感で相当減ってるように思う。以前は専門ポジが職場の多くを占めており、うまくそこがプロジェクトの活路を見出していて、「これ当たり前に防げるだろ」というトラブルを防いでいた。
なので、個人的にはミドルマネジメントよりミドルエキスパートがいないなぁと思うところ。
ではなぜ不足するか?
それは離れるからである。
スクエニをやり玉に挙げて大変恐縮だけど「ドラクエビルダーズ」というスーパーおもしろゲームを作られた中堅世代の代表核は既に会社にはいらっしゃらないし、
うちの会社でも将来的に大役を担うんだろうなという人は第二次結婚ラッシュのごとし「このタイミングで?」と思うときにバサバサいなくなっている。
その要因をくくられるのが自分でも嫌だしだがあえてくくると
「今の会社の将来性に希望が持てない」というのが大きいのかなと思っている。
この年齢までくると選択肢を別に持ちたいタイプはとっくに本当はいなくて帰属意識がそもそも高く若いころよりコロコロしづらいこのタイミングでというのも考えさせられるものがある。
ただ、今回においては会社に希望を持てないのはなんか国や社会が悪い!みたいな話題を大きくしたいわけではなくいろんな論点がある中で
「ある程度モノのインフラが整ったし先端OF先端は海外の超すごい個人か会社がやっちゃうしわずかに残された小さなパイを取り合う戦いにどの業界もなってるしまあそんな希望がわかないのもしゃあないよね」って思ってしまう節もある。
ただ、そこで思考停止して立ち止まってしまうのでなくそんな中でも希望が持てる選択肢を考えられるのはとてもがんばりやさんと自分は思う。過去は過去で専門ポジが多かったのは「そもそも見えない希望がある」はもとより生涯ひとつの会社で働く固定観念も強く、会社の役割は大きな変化を必要としない、その会社にしかできないことが多い、という材料も含まれる。
会社もそこに手をこまねているわけではなく、人材募集をして補充をしているとこが多いようにも思える。そしてそこへ来る人は先述のようにふさがった未来を打開する勢なので、ちゃんとした人がきてるケースも多い。
こうして見た目上のカバーをしていき、ある程度良くなるのか、と思いきや、少し違って過去の文脈(文書化されづらい組織内の失敗談・成功体験・ノウハウ)を持ち越すことができておらず会社としての経験値がリセットされているような話題が飛び出すケースが出てくる。
これが結構今自分だけの周辺でなく色々な、特にある程度歴史を持った組織がぶつかってる壁たちを見て出てくる話なのかなぁと思っている。
こうして考えてみて、ではそれを予防する手立てはあるのか?というとなかなか名案はない。チェックリストやドキュメント化には作る側読む側にも限界があり、先ほど書いた通り「ある意味しゃーないとこもあるよね」という思考だったりする。
一個いえることとすれば自分たちが子供のころから「中間管理職は損な役割だ」的なコンテキストを会社がよりよくイメージを変えていくところを一個一個続けていくことであると思う。携帯電話会社と同じくある程度長年働くと「居て当然だよね」で軽んじられ「ほーん、なら出てってやろうか」と思う節は間違いなくある。
役職手当1万円とか舐めてます?そんなもんで責任負わされるなら仕事終わりにウーバイーツでもした方がよっぽどいいっすよ pic.twitter.com/621ZpAErWe
— 毛根女子 (@moukon_genius) July 5, 2025
北海道ひとり旅いちにち分の、はなし。
友人たちと別れたあと北海道で一日ほど散策する時間を得ることができた。
ひとりで行きたかった場所として、は実は作戦を全然考えておらず、
長い立ち止まりなどの時間を経てちょっとずつあゆみを進めていくこととなった。
まず思いついたのはここ。
水曜どうでしょうファンにおなじみの公園で大泉さんが駆け抜けてきたこの公園にきた。画角は難しいが植わっている植物などは映像の景色のまま。
坂道なのはもとがリンゴ畑であったことゆえということを知ることができた。
平日朝なこともありほとんどだれもおらず誰もいない景色をおさめることができた。

アーケード通りを通るとみよしのというローカルチェーン店に巡り合えた。
そつなくおいしい。
あとからきたカップルの男性側が「このカレーと餃子のセットが斬新でいいんだよ~」と語っておりなんかいいなと思った。
最近関東のチェーンは何かシステマチックになってきたが、
そういうシステムくささを感じさせないものがローカルチェーンにはある。
ちなみに無駄にキャッシュレス対応したせいで、短い時間の間に地元のご高齢の方が何度も来ては「キャッシュレスかぁ」と言って立ち去っていた。

他の楽しみとして、ローカルなアパレルを巡るのも良いものである。
たまたま同じ通りに素敵なアパレルがあった。
あたたかさもあり、ビビッドな色合いも良く、アパレルの方にコネがあるであろう他のお客さんが「この間三越の方もいらしてたのよ~」と店員さんをほめたたえていた。
そんな追い風の意見もありパーカーとシャツを購入。
パーカーは、次のシーズンに着ようと思っていたが、まさかの帰ってきたら関東が寒くて着るはめになった。
ちなみに別の店もググっていったが、無駄に強い黒基調の店にて断念。
お土産として佐藤水産に寄った。
きれいにディスプレイされた中の試食コーナーにはおいしいものがたくさん。
試食するには申し訳なくお土産も買い、食事もだいぶ頂いていった。
どんぐりを訪問した。
ちくわパンなるものが北海道の数々の名産と比類して有名らしい。
なぜだ?
その謎を解き明かしたくなった。
ちくわの中につなサラダがあるのだが、ちくわの存在がちょうどつなサラダのつよいパンチ力とパンのやわらかさの良いブリッヂになって、食べ心地がよかった。
友人同士の盛り上がる会話の中心にはいないけど盛り立ててくれるような存在である。

最後は北海道神宮にも行った。
砂利道でスーツケースを持って行ったことを後悔している。
高評価に恥じぬ爽快感のある社に心を奪われた。
おみくじは大吉。

そして最後の食事はかけうどんになった。
北海道名物を食べるプランもあったが、普段かけそばなどを追う身でふと立ち止まったかけそば店が気になり突入。
ドラマのロケなどにも使われるようで、いくつもサインが張られいてた。
名物は野菜がきれいにとぐろをまいた野菜かけそば。うどん自体は普通のしょうゆ感が高いが、この野菜かきあげの食感は特別だった。

マイルドヤンキーには勝てないという話
社会人までの自分の進路の決め方のテーマは「つぶしがきく」ということである。
そこそこ偏差値の良い高校に通えば、いくつもの進路を選ぶことができ、
大学でこれから絶対に必要になるパソコンをがっつりいじる学科を選べば
将来自分にとって仕事のやりがいの感じるポジションが変わるとき
学んできたことは捨て去られるものではない。
その思考に早くに至れたことに長らく誇りを感じていたし、そうでない選択を取ってしまったものより自分は実際優位な選択をしたと密かな思いを持っていた。
しかし、年齢を重ねるともうそんな選択肢を取ることはできない。パソコンを極めればそこから動けなくなり、極めなければ怖れていた捨て去るという勇気を持たねばなるまい。
しかも今この年齢になると仕事でもプライベートでも「そんなこと」よりも、上手にコミュニケーションで立ち回ることがとても大事になってくる。ひとくくりにコミュ力とは言いようだが、そこには許せないものはケンカするスピード感や、辛抱強く人情で人に目を配る胆力や、根回し裏回しや、ぐいぐい来る力や、親戚や身近な人間を手厚くもてなす力や・・。
本当は持ってないのに、さもあるかのように振舞ってきた足りない部分を屈強なものにすることである。
かつてはパソコンだけやっても許された世界はあったことを去り行く団塊の世代のほんの一部の社会性のやばさが物語ってくれるが、今は世界レベルの天才でもない限りその知見はググれば出てくるし日本じゃ全然いない。そんなわけでこのへんあぐらをかいてる場合じゃない。
そこで表題の件である。
これはだれが見てるかわからないネットの世界。フィクションととらえてほしいしなんかで漏れたらすぐ消す。
最近たまに身近な駅の地元色の濃い雀荘にマイルドヤンキーの子たちと麻雀を打ったりしてる。あらためて私にとって社会勉強だ。今は電子タバコ限定や禁煙も増え、都心はかなりクリーンに見え、タバコ臭さがこんなにある雀荘は都心にはない。
ギャンブルをたしなみ、欲におぼれ、バイトをすぐにばっくれ、学校に行ってたのかよくわからず、年齢を重ねて病気しても病院から脱走してタバコを吸ってる。
そんな揶揄をしたが、私より先のような「上手なコミュニケーション」ができていると思う。私はアウェーな環境もあって麻雀以外はだんまり(いや、一応がんばって話題には乗ろうとはしてるけどなんかしょっぱい)だが、色々な人と仲良くすごし、器用に物を覚えていくのかめきめきと麻雀の腕も上げて明らかに楽しく過ごしてるように見える。
そこで思った。
そうか、私は「つぶしをきく」賢い選択をしていたと思っていたが、
そもそもつええ奴はそんなこと考えないで目の前のやりたいに溺れて生きてても、来た球を打つみたいな要領で、地元で勝ててるからこそ、私のような逃げの一手を常に持っておきたいみたいな生き方をしなくてもいいのか。
3着でいいや、みたいな私の安いアガリに結構意見が真っ向から食い違ったことがその証左であったことをとても面白く感じる。
彼らは先ほど私に足りないと思っていたものを持っていてかつそんな戦略などなくとも自然と身に着けているように感じた。だからシンプルに楽しく、ひねられてなかったころの昔の少年漫画のように過ごしていけるのか。
人前でプレゼンをしてチームの面倒を見て仲間を集めて、そんなことが今仕事で求められているときである。ちょっとずつ人を見て、別にすぐ変わらなくともあるいは結果変われなかったとしても、
瞬間に選択肢として持っている自分でありたい。そんなことを思った。
